物理学ミニマム(統計力学)2

定義8.26 相転移
系がある状態から別の状態に移ることを相転移という。
ここで言う「状態」を相という。
相転移は、温度の関数である熱力学的な量(やその微分)に飛びが
現れることで特徴付けられる。

例8.27
水が氷になるのは、液相から固相への相転移である。
体積を温度の関数とすると、相転移のところで飛びが現れる。
(体積は、ギブスの自由エネルギーの温度に関する1階微分なので
1次の相転移と言われる。)

一般に、原子は小さな磁石と考えられるが、それがそろったものが(普通の)磁石である。
この磁石の温度を上げていくと原子の(スピンの)向きがバラバラになり、磁石でなくなる。
また、高温で磁石でないものも、温度を下げると、(磁石になる物質は)磁石になる。
これも相転移である。

例8.28 磁石の現象論
原子を小さな磁石と考える。
それらは、外場 H があればそちらの方向にそろってくるだろう。
しかし、温度が有限なら全部がそろうのではなく、一定の割合でそろうはずである。
その割合を \eta(H) とすると、
   \eta(H)\hspace{3}=\hspace{3}aH\hspace{3}-\hspace{3}bH^2\hspace{3}+\hspace{3}\cdots   ( a\hspace{3}>0,\hspace{9}b\hspace{3}>\hspace{3}0 とする)
のようになっていることがあるだろう。(H は小さいとする。)
ところで、外場によってそろいだした原子は、それ自体が磁石なので、
まわりに磁場(H' とする)を及ぼすはずである。
そのように作り出される磁場は、\eta に比例するだろうから、
   H'\hspace{3}=\hspace{3}\gamma\eta   (\gamma は適当な定数)
と考える。すると、
   \eta\hspace{3}=\hspace{3}a(H_0\hspace{3}+\hspace{3}\gamma\eta)\hspace{3}-\hspace{3}b(H_0\hspace{3}+\hspace{3}\gamma\eta)^2
という式が導かれる。(純然たる外場を H_0 とした。)
すると、上の式の右辺第2項も無視すると、
   \eta\hspace{3}=\hspace{3}\frac{a}{1\hspace{3}-\hspace{3}a\gamma}H_0
一般に、a は温度の関数だろうから、 1\hspace{3}-\hspace{3}a(T_c)\gamma\hspace{3}=\hspace{3}0T_c を定義すると、
   1\hspace{3}-\hspace{3}a(T)\gamma\hspace{3}\sim\hspace{3}a_0(1\hspace{3}-\hspace{3}T_c)
よって、
   \eta\hspace{3}\sim\hspace{3}\frac{1}{T\hspace{3}-\hspace{3}T_c}H_0
となって、 T\hspace{3}=\hspace{3}T_c で何か大変なこと(相転移)が起こっていることがわかる。
また、H_0\hspace{3}=\hspace{3}0 とすると、
   \eta\hspace{3}=\hspace{3}0,\hspace{3}-\frac{1\hspace{3}-\hspace{3}a\gamma}{b\gamma^3}
しかるに、
   T\hspace{3}<\hspace{3}T_c\hspace{9}\Rightarrow\hspace{3}1\hspace{3}-\hspace{3}\gamma\hspace{3}a(T)\hspace{3}\sim\hspace{3}a_0\hspace{3}(T\hspace{3}-\hspace{3}T_c)\hspace{3}<\hspace{3}0
と考えられるので、T\hspace{3}<\hspace{3}T_c では\eta\hspace{3}=\hspace{3}-\frac{1\hspace{3}-\hspace{3}a\gamma}{b\gamma^3}\hspace{3}>\hspace{3}0 が物理的な解になる。
つまり、外場がなくても原子がそろってしまう。

ものすごくシンプルで実験値にはあまりあわないらしいが、「相転移現象の本質」と
考えられるのだろうか、多くの教科書で紹介される。(私は専門外。)
ランダウは自由エネルギー(など?)を単純な多項式
   F(\eta)\hspace{3}=\hspace{3}A\eta^2\hspace{3}+\hspace{3}B\eta^4\hspace{3}+\hspace{3}\cdots
などと書いて業績を上げたらしい。
その影響があるのかどうかわからないが、弱い相互作用の理論である
ワインバーグ・サラム理論の元ネタであるヒグス機構(自発的対称性の破れの仕掛け)は
これにそっくりである。

定義8.29 ハイゼンベルグ模型
原子(分子)が格子状に並び、そのスピン同士と外場との相互作用を表すハミルトニアン
次のようなもの。
   H\hspace{3}=\hspace{3}-J\sum\hspace{3}\bf{s}_i\cdot\bf{s}_j\hspace{3}-\hspace{3}\mu H_0\sum s_i^z
ここで \bf{s}_ii 番目の原子のスピンを表し、第1項の和は「相互作用するペア」で取る。
H_0 は外場である。

注8.30
相互作用するペアをどの範囲にするか、とか、方向によって J を変えるとか、
バリエーションはいくつも考えられる。
どの場合も解くのは難しいらしく、多くの近似法がある。

定義8.31 平均場近似
ハイゼンベルグ模型などを扱う際に、個別のもの(スピンなど)を平均値に置き換え、
「それが無矛盾」という条件で平均値を出す方法。分子場近似ともいう。

例8.32 ハイゼンベルグ模型の平均場近似
ハイゼンベルグ模型を次のように近似する。
   H\hspace{3}=\hspace{3}-J\sum\hspace{3}\bar{\bf{s}}\cdot \bf{s}_i\hspace{3}-\hspace{3}\mu H_0\sum s_i^z
ここで、バーは統計力学的な平均を表す。
また、1つの原子は z 個のものとだけ相互作用するとする。
他の原子の影響はそれだけになるので、原子1つのハミルトニアンを考えることができ、
   H\hspace{3}=\hspace{3}-(Jz \bar{\bf{s}}\cdot \bf{s}_i\hspace{3}+\hspace{3}\mu H_0 s_i^z)
となる。
さらに、外場が z 軸方向と考えているので、\bar{\bf{s}}z 成分のみを持つと考えられる。
原子のスピンの z 成分を m とすると
   H\hspace{3}=\hspace{3}-(Jz\bar{s}^z\hspace{3}+\hspace{3}\mu H_0)m
このハミルトニアンで計算して \bar{s}^z が出せれば(一応)矛盾がない。
すなわち、 \bar{s}^z\hspace{3}=\hspace{3}\bar{m} とおくと、
   \bar{m}\hspace{3}=\hspace{3}\sum_{m=-S}^{S} m e^{\beta (Jz\bar{m}\hspace{3}+\hspace{3}\mu H_0)m}\hspace{3}/\hspace{3}\sum_{m=-S}^{S} e^{\beta (Jz\bar{m}\hspace{3}+\hspace{3}\mu H_0)m}
計算すると、
   \sum_{m=-S}^{S}\hspace{3}e^{\beta\hspace{3}(Jz\bar{m}\hspace{3}+\hspace{3}\mu H_0)m}\hspace{3}=\hspace{3}sinh\hspace{3}\frac{\beta(Jz\bar{m}\hspace{3}+\hspace{3}\mu H_0)(2S\hspace{3}+\hspace{3}1)}{2}\hspace{3}/\hspace{3}sinh\hspace{3}\frac{\beta(Jz\bar{m}\hspace{3}+\hspace{3}\mu H_0)}{2}
ここで
   B_S(x)\hspace{3}=\hspace{3}\frac{d}{dx}\hspace{3}log\{sinh(\frac{2S\hspace{3}+\hspace{3}1}{2S})/sinh\frac{x}{2S}\}
とすると、
   \bar{m}\hspace{3}=\hspace{3}\mu SB_S(\frac{(Jz\bar{m}\hspace{3}+\hspace{3}\mu H_0)S}{kT})

ここで、 \frac{(Jz\bar{m}\hspace{3}+\hspace{3}\mu\hspace{3}H_0)S}{kT}\hspace{3}<<\hspace{3}1 の場合を考える。
x\hspace{3}<<\hspace{3}1 のとき B_S(x)\sim\hspace{3}\frac{(S\hspace{3}+\hspace{3}1)}{3S}x」を使うと、
   (3kT\hspace{3}-\hspace{3}\mu S(S\hspace{3}+\hspace{3}1)Jz)\hspace{3}\bar{m}\hspace{3}=\hspace{3}\mu^2S(S\hspace{3}+\hspace{3}1)\hspace{3}H_0
となって、
   T_c\hspace{3}=\hspace{3}\frac{\mu S(S\hspace{3}+\hspace{3}1)zJ}{3k}
   \bar{m}\hspace{3}=\hspace{3}\frac{\mu^2S(S\hspace{3}+\hspace{3}1)}{3k(T\hspace{3}-\hspace{3}T_c)}H_0
が言える。

例8.33 1次元イジング模型
ハイゼンベルグ模型を簡略化したものにイジング模型がある。
スピンを整数(\pm 1)とし相互作用をそれらの積で表すものである。
これはスピン \frac{1}{2} を考えていることに相当するが、
量子力学的な -J\bf{\sigma}_i\cdot \bf{\sigma}_j のような相互作用は考えないということである。
1次元イジング模型のハミルトニアン
   H\hspace{3}=\hspace{3}-J\sum_{i=1}^{N}s_is_{i+1}\hspace{3}-\hspace{3}\mu H_0\sum_{i=1}^{N}s_i\hspace{18}(\hspace{3}s_i\hspace{3}=\hspace{3}1\hspace{9}or\hspace{6}-1\hspace{3})
である。
ただし、(簡単のため)端と端はつなげて、s_{N+1}\hspace{3}=\hspace{3}s_1 とする。

まず、H_0\hspace{3}=\hspace{3}0 の場合を考える。
すると、
   Z\hspace{3}=\hspace{3}\sum_{s_1=\pm 1}\sum_{s_2=\pm 1}\hspace{3}\cdots\hspace{3} \sum_{s_N=\pm 1}\hspace{3}e^{Ks_1s_2}\hspace{3}e^{Ks_2s_3}\hspace{3}\cdots\hspace{3}e^{Ks_Ns_1}\hspace{15}(\hspace{3}K\hspace{3}=\hspace{3}\frac{J}{kT}\hspace{3})
これは、行列   \left(    \begin{array}{cc}     e^K & e^{-K} \\      e^{-K} & e^K     \end{array}  \right) を考えると、  Z\hspace{3}=\hspace{3}tr\left(    \begin{array}{cc}     e^K & e^{-K} \\      e^{-K} & e^K     \end{array}  \right)^N  と書ける。
トレースなので、対角化して計算してもよく、
   Z\hspace{3}=\hspace{3}(2\hspace{3}cosh\hspace{3}K)^N\hspace{3}+\hspace{3}(2\hspace{3}sinh\hspace{3}K)^N
となる。

外場がある場合は、 \sum_{i=1}^{N}\hspace{3}s_i\hspace{3}=\hspace{3}\sum_{i=1}^{N}\hspace{3}(\frac{s_i\hspace{3}+\hspace{3}s_{i+1}}{2}) を利用し、 h\hspace{3}=\hspace{3}\frac{\mu H_0}{kT} とすると、
  Z\hspace{3}=\hspace{3}tr\left(    \begin{array}{cc}     e^{K+h} & e^{-K} \\      e^{-K} & e^{K-h}     \end{array}  \right)^N
この行列の固有値は  \lambda\hspace{3}=\hspace{3}e^K(cosh\hspace{3}h\hspace{3}\pm\hspace{3}\sqrt{cosh^2\hspace{3}h\hspace{3}-\hspace{3}(1\hspace{3}-\hspace{3}e^{-4K})})  で、
   Z\hspace{3}=\hspace{3}\lambda_1^N\hspace{3}+\hspace{3}\lambda_2^N
となる。
しかし、N が大きいときは、小さい方の固有値は無視できる。
そのとき、
   F\hspace{3}=\hspace{3}-kTN\hspace{3}log\hspace{3}[e^K(cosh\hspace{3}h\hspace{3}+\hspace{3}\sqrt{cosh^2\hspace{3}h\hspace{3}-\hspace{3}(1\hspace{3}-\hspace{3}e^{-4K})}]



注0.8
統計力学を(ちょっぴり)勉強しなおそうと思って鈴増先生のノートを
引っ張り出して読んだら、とてもよくできているので感動した。
確か、テストは「1次元イジング模型を解け」だったような気がする。
「んなもん、覚えてるかい」と思いつつやってみたらできた(と思う)。
そして「俺偉いな」と思った(ような気がする)。
遠い昔の事だから、まったくの勘違いかもしれない。
でも、今見てみると、一度聞いたらできて当然だよね。



参考書:
熱学・統計力学 久保亮五
鈴木増雄先生の講義ノート