物理学ミニマム(量子力学)1

§7 量子力学

定義7.1 波、粒子
干渉や回折するものを波といい、数えられるものを粒子という。

原理7.2 波動関数
この世のすべての物質は波であり粒子である。
波は「座標と時間に依る複素数値関数」である波動関数 \psi(x, t) で表される。
波動関数は空間方向に1次の導関数まで連続とする。)
なお、この節では、基本的に1粒子の場合を考える。

定義7.3 エルミート演算子
演算子 A に対し、以下の式で「A の共役演算子 A^+」を定義する。
\int\hspace{3}\phi^*(A\psi)\hspace{3}dV\hspace{3}=\hspace{3}\int\hspace{3}(A^+\phi)^*\psi\hspace{3}dV
積分は全空間で行うとする。)
A^+\hspace{3}=\hspace{3}A となる演算子を、自己共役演算子とかエルミート演算子という。
また、ここでは、演算子自身は陽に時間に依らないとする。

原理7.4 物理量
すべての物理量は波動関数に作用するエルミート演算子で表される。
E\hspace{3}=\hspace{3}i\hbar\frac{\partial }{\partial t}\hspace{3},\hspace{9}p_x\hspace{3}= \hspace{3}-i\hbar\frac{\partial }{\partial x},\hspace{9}p_y\hspace{3}= \hspace{3}-i\hbar\frac{\partial }{\partial y},\hspace{9}p_z\hspace{3}= \hspace{3}-i\hbar\frac{\partial }{\partial z}\hspace{9}\cdots
(運動量はまとめて \bf{p}\hspace{3}=\hspace{3}-i\hbar \nabla のようにも書く。)
\hbarプランク定数とよばれる定数である。
以下では、単に演算子と言えば、物理量を表すエルミート演算子とする。

原理7.5 ハミルトニアンシュレディンガー方程式
運動エネルギー \frac{p^2}{2m} とポテンシャルエネルギー U(x) の和をハミルトニアンという。
H\hspace{3}=\hspace{3}\frac{p^2}{2m}\hspace{3}+\hspace{3}U(x)
すると、波動関数は次の式をみたす。
i\hbar\frac{\partial }{\partial t}\psi(x,\hspace{3}t)\hspace{3}=\hspace{3}H\psi(x,\hspace{3}t)
ただし、通常、運動量は \bf{p}\hspace{3}=\hspace{3}-i\hbar \nabla を使い、
i\hbar\frac{\partial \psi}{\partial t}\hspace{3}=\hspace{3}-\frac{\hbar^2}{2m}\Delta \psi\hspace{3}+\hspace{3}U(x)\psi
と書く。これをシュレディンガー方程式という。

注7.6
\nabla^2\hspace{3}=\hspace{3}\Delta\hspace{3}=\hspace{3}\frac{\partial^2 }{\partial x^2}\hspace{3}+\hspace{3}\frac{\partial^2 }{\partial y^2}\hspace{3}+\hspace{3}\frac{\partial^2 }{\partial z^2} である。
エネルギーの演算子E\hspace{3}=\hspace{3}i\hbar\frac{\partial }{\partial t} なので、
シュレディンガー方程式は、「エネルギーを表す式 E\hspace{3}=\hspace{3}H 」となっている。

注7.7 重ね合わせの原理
シュレディンガー方程式は線形であるので、波動関数は足しあわせても波動関数
この性質を「重ね合わせの原理」という。
(これは極めて重要な原理である。)

原理7.8 粒子の存在確率
(特別な場合を除くと)「粒子がどこにいるか」は確率的にしかわからない。
「粒子がある時刻にある空間内で観測される確率」は
\hspace{3}\psi^*\psi\hspace{3}dV   (dV はその空間の体積)
に比例する。

注意7.9 波動関数の規格化
一般に、シュレディンガー方程式を(素朴に)解いた解について、
\int\hspace{3}\psi^*\psi\hspace{3}dV が有限なら、\psi を定数倍して、この積分1 になるようにできる。
これを波動関数の規格化という。(その定数を規格化定数などという。)
以下、主に「規格化できる波動関数を規格化したもの」を考える。
その場合、 \hspace{3}\psi^*\psi\hspace{3}dV は「粒子がある時刻にある空間内で観測される確率」
そのものになる。
規格化できない場合は、原理7.8に従って扱う。

注7.10 規格化できない波動関数
基本的に \hspace{3}\psi^*\psi\hspace{3}dV が粒子の存在確率を表す。
したがって、\int\hspace{3}\psi^*\psi\hspace{3}dV1 になってほしい。
(全確率は 1 だから。)
これは、粒子が何か(原子核の電気力など)に束縛されている場合に実現される。
しかし、粒子が束縛されていない場合、(以下で見るように)たとえば「全空間のどこにも
同じ確率で存在する」などということが起こる。
その場合、積分が有限値に収まると、有限な場所での存在確率が 0 になってしまう。
そのため、規格化できないのである。
ただし、これは何か重大な問題ではない(と思う)。

定義7.11 固有関数
演算子に対し、次のようになる関数を固有関数という。
   A\hspace{3}\psi_n\hspace{3}=\hspace{3}A_n\hspace{3}\psi_n
ここで、n は固有関数を区別する添字、A_n は数値で、
その固有関数に対する A固有値とよばれる。
固有値は、離散的な場合とそうでない場合がある。
以下、主に離散的な場合を考える。
離散的でない場合も、ほぼ同様に扱える。

定理7.12
「離散的で相異なる固有値」を持ち規格化できる波動関数
   \int\hspace{3}\psi_n^*\psi_m\hspace{3}dV\hspace{3}=\hspace{3}\delta_{nm}
を満たす。

(証明)
\int\hspace{3}\psi_n^*\hspace{3}A\hspace{3}\psi_m\hspace{3}dV\hspace{3}=\hspace{3}A_m\hspace{3}\int\hspace{3}\psi_n^*\psi_m\hspace{3}dV\hspace{3}=\hspace{3}A_n\hspace{3}\int\hspace{3}\psi_n^*\hspace{3}\psi_m\hspace{3}dV
最後の式は、最初の式に対して共役演算子A^+)を \psi_n に作用させて出す。
後の等式より n\hspace{3}\neq\hspace{3}m の場合 0 になることが証明される。
n\hspace{3}=\hspace{3}m のときは、規格化すればよい。□

原理7.13 固有関数展開と物理量の観測値
波動関数は適当な演算子の固有関数で次のように展開できるとする。
\psi\hspace{3}=\hspace{3}\sum\hspace{3}a_n\hspace{3}\psi_n
このとき、物理量 A の観測値は観測のたびに A_n のどれかになる。
波動関数が規格化されているなら、観測値が A_n である確率は |a_n|^2 となる。

原理7.14
この世の物体は多数の粒子(素粒子)でできている。
個々の素粒子は波動的かつ粒子的だが、粒子が多数集まると波動的性質が小さくなる。
そのような「もの」を「古典的対象」などという。
物理量を計測する観測装置は基本的に古典的対象と考える。
(メーターが確率的な動きをすると物理量を(普通には)測定できない。)

注7.15
原理7.13の \psi の規格化条件
\int\hspace{3}\psi^*\psi\hspace{3}dV\hspace{3}=\hspace{3}1
は次のように書ける。
\sum\hspace{3}|a_n|^2\hspace{3}=\hspace{3}1
「離散的で相異なる固有値」を持ち規格化できる固有関数がある場合が
一番扱いやすく、この節でも主にその場合を扱う。
しかし、そうでない場合も、(ここで詳細は見ないが)同様の扱いができる。

定理7.16
観測される物理量は実数(虚数ではない)である。

(証明)
\bar{A_n}\hspace{3}=\hspace{3}\int\hspace{3}\psi_n^*(A\psi_n)\hspace{3}dV\hspace{3}=\hspace{3}\int\hspace{3}(A^+\psi_n)^*\psi_n\hspace{3}dV だが、
\bar{A_n}^*\hspace{3}=\hspace{3}\int\hspace{3}(A\psi_n)^*\psi_n\hspace{3}dV であるから、 \bar{A_n}\hspace{3}=\hspace{3}\bar{A_n}^* 。□

注7.17
以下で見るように、「物理量はエルミート行列の固有値」になる。
これは一般論から実数である。

定理7.18 物理量の期待値
   \bar{A}\hspace{3}=\hspace{3}\sum\hspace{3}A_n|a_n|^2

(証明)
原理7.13より、素直に。□

注7.19
物理量 A の期待値は規格化した波動関数に対し、次のように書ける。
\bar{A}\hspace{3}=\hspace{3}\int\hspace{3}\psi^*\hspace{3}A\hspace{3}\psi\hspace{3}dV
この形式は、波動関数を固有関数に展開していない場合にも使える。

定理7.20
物理量は特定の交換関係を満たす。
[p_x,\hspace{3}x]\hspace{3}=\hspace{3}-i\hbar
[p_x,\hspace{3}y]\hspace{3}=\hspace{3}0
[E,\hspace{3}t]\hspace{3}=\hspace{3}i\hbar
など。
(ここで [A,\hspace{3}B]\hspace{3}=\hspace{3}AB\hspace{3}-\hspace{3}BA を表す。)

(証明)
[p_x,\hspace{3}x\\psi(x)\hspace{3}=\hspace{3}(p_x\hspace{3}x\hspace{3}-\hspace{3}x\hspace{3}p_x)\psi(x)\hspace{3}\\ \hspace{42}=\hspace{3}*1\psi(x)\hspace{3}=\hspace{3}-i\hbar\psi(x)]
他も同様。□

定義7.21 可換な演算子
[A,\hspace{3}B]\hspace{3}=\hspace{3}0 のとき、AB は可換であるという。
その演算子が物理量を表す場合、(簡単に)「それらの物理量は可換」ともいう。

定理7.22
可換な物理量は同時に固有値を持てる。

(証明)
[A,\hspace{3}B]\hspace{3}=\hspace{3}0 のとき、A の固有関数系 \psi_n を考える。
すると、
A\psi_n\hspace{3}=\hspace{3}A_n\psi_n
B\psi_n\hspace{3}=\hspace{3}\sum\hspace{3}B_{nm}\psi_m
と書ける。
上の式の状況を「A は対角化されている」と言う。
これらを使って
\int\hspace{3}\psi_n^*[A,\hspace{3}B]\psi_m\hspace{3}=\hspace{3}0
を書き換えると、
A_nB_{nm}\hspace{3}-\hspace{3}B_{nm}A_m\hspace{3}=\hspace{3}0
もし、すべての固有値が異なれば B_{nm}\hspace{3}=\hspace{3}0\hspace{12}(\hspace{3}n\hspace{3}\neq\hspace{3}m\hspace{3}) となる。
これは「B も対角化された」と言える。
固有値が等しい固有関数が複数ある場合も、それらを組み合わせて
やはり B を対角化できると信じる。□

注7.23
一般の演算子に対し、
   C\psi_n\hspace{3}=\hspace{3}C_{nm}\psi_m
   C_{nm}\hspace{3}=\hspace{3}\int\hspace{3}\psi_n^*C\psi_m\hspace{3}dV
となるが、この C_{nm} はエルミート行列である。
したがって、定理7.19はエルミート行列の対角化の話である。

定義7.24 定常状態
波動関数がエネルギーの固有関数であるとき、エネルギーは変化しない。
そのような状態を定常状態という。
定理7.22より、ハミルトニアンと可換な物理量も定常状態で確定値(固有値)を持てる。

定義7.25 定常状態のシュレディンガー方程式
定常状態では
i\hbar\frac{\partial }{\partial t}\psi\hspace{3}=\hspace{3}E_n\psi
が成り立つ。(E_nハミルトニアン固有値の1つを表す。)
この場合、波動関数
\psi\hspace{3}=\hspace{3}e^{-\frac{i}{\hbar}E_nt}\varphi
のように書ける。
このときシュレディンガー方程式\varphi に対して
\frac{\hbar^2}{2m}\Delta \varphi\hspace{3}+\hspace{3}[E_n\hspace{3}-\hspace{3}U]\varphi\hspace{3}=\hspace{3}0
となる。
(実践的には、このシュレディンガー方程式を解くことで、E_n がわかることが多い。
 その場合、立式では E_n などと書かず、(定数の気持ちを込めて)E と書く。)

定理7.26 物理量の期待値の時間変化
\frac{d}{dt}{\bar{A}}\hspace{3}=\hspace{3}\frac{i}{\hbar}\hspace{3}\int\hspace{3}\psi^*\hspace{3}[H,\hspace{3}A]\hspace{3}\psi\hspace{3}dV

(証明)
\frac{d}{dt}{\bar{A}}\hspace{3}=\hspace{3}\frac{d}{dt}\hspace{3}\int\hspace{3}\psi^*\hspace{3}A\hspace{3}\psi\hspace{3}dV\\ \hspace{24}=\hspace{3}\int\hspace{3}\frac{\partial }{\partial t}\psi^*\hspace{3}A\hspace{3}\psi\hspace{3}dV\hspace{6}+\hspace{3}\int\hspace{3}\psi^*\hspace{3}A\hspace{3}\frac{\partial }{\partial t}\psi\hspace{3}dV\\ \hspace{27}=\hspace{6}\int\hspace{3}(\frac{-i}{\hbar}H\psi)^*\hspace{3}A\hspace{3}\psi\hspace{3}dV\hspace{6}+\hspace{3}\int\hspace{3}\psi^*\hspace{3}A\hspace{3}(\frac{-i}{\hbar}H\psi)\hspace{3}dV\\ \hspace{27}=\hspace{6}\frac{i}{\hbar}\int\hspace{3}(H^+\psi)^*\hspace{3}A\hspace{3}\psi\hspace{3}dV\hspace{6}-\hspace{3}\int\hspace{3}\psi^*\hspace{3}A\hspace{3}(H\psi)\hspace{3}dV\\ \hspace{27}=\hspace{6}\frac{i}{\hbar}\int\hspace{3}\psi^*\hspace{3}HA\hspace{3}\psi\hspace{3}dV\hspace{6}-\hspace{3}\int\hspace{3}\psi^*\hspace{3}AH\psi\hspace{3}dV\hspace{3}  □

系7.27
ハミルトニアンと可換な物理量は保存量である。
特に、固有値を持つ状態なら、その値は時間的に変わらない。

例7.28 自由粒子
ポテンシャルが 0 の場合、定常状態のシュレディンガー方程式は次のようになる。
\frac{\hbar^2}{2m}\Delta \varphi\hspace{3}+\hspace{3}E\varphi\hspace{3}=\hspace{3}0
この一般解は
   \psi_{\bf{p}}(x,\hspace{3}t)\hspace{3}=\hspace{3}e^{-\frac{i}{\hbar}E_{\bf{p}}t}e^{i\frac{i}{\hbar}\bf{pr}}\hspace{15}(\hspace{3}E_{\bf{p}}\hspace{3}=\hspace{3}\frac{p^2}{2m}\hspace{3})
となる。(方程式に代入して確認できる。)

注7.29
この波動関数固有値は離散的ではない。
すなわち、任意の3次元実数ペクトル \bf{p} に対して解がある。
また、 \psi_{\bf{p}}^*\psi_{\bf{p}}\hspace{3}=\hspace{3}1 だから、3次元空間すべてで積分すると無限大になってしまい、
規格化ができない。
固有値が離散的でない波動関数」「規格化ができない波動関数」としては、
これ(とその仲間)が初等的な量子力学に出てくる唯一の関数であり、
これに習熟すればミニマムとしてはOKであると思う。
ただし、極めて重要な例である。

これは、古典的には「まっすぐ(力を受けずに)飛ぶ粒子」に相当する。
まず、この波動関数は運動量演算子の固有関数にもなっている。
-i\hbar\frac{\partial }{\partial \bf{r}}\psi_{\bf{p}}\hspace{3}=\hspace{6}\bf{p}\psi_{\bf{p}}
すなわち、運動量は確定している。
H\hspace{3}=\hspace{3}\frac{p^2}{2m}\bf{p} が可換である。)
しかるに、 \psi_{\bf{p}}^*\psi_{\bf{p}}\hspace{3}=\hspace{3}1 だから、存在確率は場所によらず一定。
つまり、この世のどこにでも同じ確率で存在するということになる(原理7.8)。
このような解は平面波などとよばれる。

実際の実験環境などでは、実験装置自体が有限で、その中で実験することになる。
しかし、素粒子にくらべて実験装置は広大なので、無限と考え、装置の外から
入射させる粒子を平面波で近似することは有用である。

 なお、平面波については次のような式が成り立つ。
\int\hspace{3}\psi_{\bf{p}}^*\psi_{\bf{p'}}\hspace{3}dV\hspace{3}=\hspace{3}(2\pi\hbar)^{\frac{3}{2}}\delta(\bf{p}\hspace{3}-\hspace{3}\bf{p'})
これが(\psi の係数を適当に定めて)定理7.12の非離散値版である。

例7.28 1次元井戸型ポテンシャル
空間は x 方向のみに広がっているとし、
x\hspace{3}<\hspace{3}0      で   \infty
0\hspace{3}<\hspace{3}x\hspace{3}<\hspace{3}a  で   0
x\hspace{3}>\hspace{3}a      で   \infty
のポテンシャルを考える。

(縦軸はポテンシャルの高さを示す。
 箱の外ではポテンシャルが無限に高いので粒子は閉じ込められる。)

ポテンシャルが無限大とは、その場所には粒子が存在できないということである。
シュレディンガー方程式で形式的に考えてもそうなりそうである。)
したがって、波動関数x\hspace{3}=\hspace{3}0,\hspace{6}a0 (という境界条件)になる。
0\hspace{3}<\hspace{3}x\hspace{3}<\hspace{3}a でポテンシャルは 0 だから、
エネルギーの固有状態で考えて、シュレディンガー方程式は次のようになる。
\frac{\hbar^2}{2m}\Delta \varphi\hspace{3}+\hspace{3}E\varphi\hspace{3}=\hspace{3}0
境界条件を考えた解は
   \psi_n(x)\hspace{3}=\hspace{3}\sqrt{\frac{2}{a}}sin{\frac{\pi n}{a}}x
そのエネルギー(固有値)は
   E_n\hspace{3}=\hspace{3}\frac{\pi^2\hbar^2}{2ma^2}n^2
となる。

注7.29
例7.27は自由粒子を箱に閉じ込めた場合である。
古典的には、粒子が両側の壁の間を行ったり来たりしている場合に相当する。
実際、 sin{\frac{\pi n}{a}}x\hspace{3}=\hspace{3}\frac{i}{2}(e^{-\frac{i}{\hbar}\frac{\pi\hbar n}{a}x}\hspace{3}-\hspace{3}e^{\frac{i}{\hbar}\frac{\pi\hbar n}{a}x}) なので、
これは右向きの自由粒子と左向きの自由粒子が混ざった状態である。

エネルギーが離散的であることに注意。
古典力学では、粒子のエネルギーを自由に取れるが、
この設定の量子力学ではとびとびの決まった値しか許されない。
これは量子力学でしばしば出会うことで、量子力学の特徴と言える。

例7.30 1次元井戸型ポテンシャル2
空間は x 方向のみに広がっているとし、
x\hspace{3}<\hspace{3}0      で   U_0
0\hspace{3}<\hspace{3}x\hspace{3}<\hspace{3}a  で   0
x\hspace{3}>\hspace{3}a      で   U_0
のポテンシャルを考える。

例7.28で、壁を無限ではなく有限にしたものである。
ここでは、粒子のエネルギーが E\hspace{3}<\hspace{3}U_0 の場合を考える。
古典的には例7.28と同じで、粒子が箱の中に閉じ込められるだけだが、
量子力学では違う結果になる。

箱の外でのシュレディンガー方程式
\frac{\hbar^2}{2m}\Delta \varphi\hspace{3}-\hspace{3}[U_0\hspace{3}-\hspace{3}E]\varphi\hspace{3}=\hspace{3}0
箱の中でのシュレディンガー方程式
\frac{\hbar^2}{2m}\Delta \varphi\hspace{3}+\hspace{3}E\hspace{3}\varphi\hspace{3}=\hspace{3}0

すると、解は次のように考えられる。
\varphi\hspace{3}=\hspace{3}Ae^{\kappa x}\hspace{36}(\hspace{3}x\hspace{3}<\hspace{3}0\hspace{3})\\\hspace{3}\varphi\hspace{3}=\hspace{3}Be^{-ikx}\hspace{3}+\hspace{3}Ce^{ikx}\hspace{12}(\hspace{3}0\hspace{3}<\hspace{3}x\hspace{3}<\hspace{3}a\hspace{3})\\\hspace{3}\varphi\hspace{3}=\hspace{3}De^{-\kappa x}\hspace{30}(\hspace{3}x\hspace{3}>\hspace{3}a\hspace{3})
ただし、 \kappa\hspace{3}=\hspace{3}\frac{\sqrt{2m(U_0\hspace{3}-\hspace{3}E)}}{\hbar},\hspace{15}k\hspace{3}=\hspace{3}\frac{\sqrt{2mE}}{\hbar}

箱の外では、波動関数が無限のかなたで 0 になるように選んだ。
箱の中は、自由粒子と同じである。

もちろん、箱の中と外で同じ粒子の波動関数を表すのだから、「つながって」いる。
そのルールは、「値が同じ」で「微分値も同じ」である(原理7.2)。
それを書き下すと次のようになる。
A\hspace{3}=\hspace{3}B\hspace{3}+\hspace{3}C\\\hspace{3}Be^{-ika}\hspace{3}+\hspace{3}Ce^{ika}\hspace{3}=\hspace{3}De^{-\kappa a}\\\hspace{3}\kappa A\hspace{3}=\hspace{3}-ik(B\hspace{3}-\hspace{3}C)\\\hspace{3}-ik(Be^{-ika}\hspace{3}-\hspace{3}Ce^{ika})\hspace{3}=\hspace{3}-\kappa De^{-\kappa a}\hspace{3}

ここで詳細は示さない(たとえば、ハール参照)が、全体にかかる係数を除いて、
A,\hspace{6}B,\hspace{6}C,\hspace{6}D (間の比)と E を(ある方程式の解として)求めることができる。
E はやはり特定の離散値になる。

注7.31
例7.30の解は、箱の外でも 0 ではない。
つまり、箱の外に出るのに必要は古典的エネルギー(U_0)を持たない粒子も
箱の外で観測される可能性があるわけである。

例7.32 調和振動子
ポテンシャルが \frac{m\omega^2x^2}{2} の場合。
シュレディンガー方程式をひたすら解くだけなので答だけ書く。
(任意の教科書を参照。どんな教科書にも書いてあると思う。)
\varphi_n\hspace{3}=\hspace{3}C_nH_n(\sqrt{\frac{m\omega}{\hbar}}x)e^{-\frac{m\omega}{2\hbar}x^2}
E_n\hspace{3}=\hspace{3}(n\hspace{3}+\hspace{3}\frac{1}{2})\hbar\omega
ただし、C_n は適当な定数(規格化定数という)。
H_n はエルミート多項式である。

注7.33 昇降演算子
調和振動子自由粒子と並んで重要な例である。
エネルギーが最低でも 0 でないこと、それを除くと「一定値(\hbar\omega)の整数倍」に
なっていることが特徴である。
 a\hspace{3}=\hspace{3}\frac{1}{\sqrt{2}}(\sqrt{\frac{m\omega}{\hbar}}x\hspace{3}+\hspace{3}i\frac{1}{\sqrt{m\hbar\omega}}p)\hspace{15}a^+\hspace{3}=\hspace{6}\frac{1}{\sqrt{2}}(\sqrt{\frac{m\omega}{\hbar}}x\hspace{3}-\hspace{3}i\frac{1}{\sqrt{m\hbar\omega}}p)
とおくと、交換関係とエネルギー(ハミルトニアン)は
 [a,\hspace{3}a^+]\hspace{3}=\hspace{3}1
 H = \hbar\omega(a^+a\hspace{3}+\hspace{3}\frac{1}{2})
となる。
また、 \psi_n\hspace{3}\sim\hspace{3}(a^+)^n\psi_0
この a^+a は昇降演算子とよばれる。
(上の式を見ると、a^+ がエネルギーの低い関数を高い関数に上げている。
 逆に a は下げる働きをする。)
これがどうしたのかというと、場の理論で役に立つのである。

定理7.34 不確定関係
\delta p_x\hspace{3}=\hspace{3}p_x\hspace{3}-\hspace{3}\bar{p_x}\hspace{12}\delta x\hspace{3}=\hspace{3}x\hspace{3}-\hspace{3}\bar{x} に対し、
\Delta p_x\hspace{3}=\hspace{3}\sqrt{\bar{(\delta p_x)^2}},\hspace{9}\Delta x\hspace{3}=\hspace{3}\sqrt{\bar{(\delta x)^2}} とすると、

   \Delta p_x\hspace{3}\Delta x\hspace{3}\geq\hspace{3}\frac{1}{2}\hbar

同様に、

   \Delta E\hspace{3}\Delta t\hspace{3}\geq\hspace{3}\frac{1}{2}\hbar

(なお、当然、 \bar{\delta p_x}\hspace{3}=\hspace{3}0,\hspace{9}\bar{\delta x}\hspace{3}=\hspace{3}0 である。)

(証明)
規格化した波動関で考える。
\int\hspace{3}\psi^*(\lambda\delta x\hspace{3}-i\delta p_x)(\lambda\delta x\hspace{3}+\hspace{3}i\delta p_x)\psi\hspace{3}dx\hspace{3}\geq\hspace{3}0
これは展開すると \lambda の2次式。
これが常に正になるように、 \lambda の2次式の判別式を
負とすると上の式が求められる。□

注7.35 不確定性原理
\Delta p_xx 軸方向の運動量(p_x)の期待値からのずれを表している。
これが 0 なら、「何度測定してもぴったり同じ値(期待値)になる」ということ、
つまり、「運動量は確定している」ということである。
すると、\Delta p_x\hspace{3}\Delta x\hspace{3}\geq\hspace{3}\frac{1}{2}\hbar
「運動量と座標は同時に確定できない」ということを表している。
(確定したら、 \Delta p_x\hspace{3}=\hspace{3}\Delta x\hspace{3}=\hspace{3}0 となる。)

これは量子力学の性質をよく表すものとして不確定性原理とよばれる。
この性質は「(一般に)物理量が非可換」ということに由来する。
たとえば、 p_xx は非可換なので、同時に確定できないのである。
(定理7.22も参照)

ただし、「最小値の正確な値」が重要ではない(「不確定」という事実が重要)ので、
しばしば、

   \Delta p_x\hspace{3}\Delta x\hspace{3}\sim\hspace{3}\hbar

などと書かれる。
なお、\hbar は大変小さな数である。
これが 0 なら、物理量は可換となり、不確定性関係は成り立たない、
つまり、量子力学効果はない、ということになる。
つまり、古典力学は、\hbar0 にした近似と考えられる。

例7.36 湯川粒子
湯川秀樹核子核子が引き合うのは、その間をある粒子(湯川粒子とよぶ)が
飛ぶからと考えた。

その粒子の質量は、不確定性関係から、次のように大雑把に予言できる。
「2つの核子のみの状態」と「2つの核子+湯川粒子の状態」は、
後者の方が粒子が1つある分だけ、エネルギーが大きいと考えられる。
(質量がエネルギーなのだった。)
それは、「エネルギーの保存則の破れ」を意味する。
しかし、エネルギーと時間の不確定性関係 \Delta E\hspace{3}\Delta t\hspace{3}\sim\hspace{3}\hbar があるので、
\Delta t\hspace{3}\sim\hspace{3}\frac{\hbar}{\Delta E} のような短い時間なら、
エネルギーが不確定なので、「エネルギーの保存則は問題にならない」と言える。
この時間内に湯川粒子が放出され吸収されればよいのである。
湯川粒子のエネルギーは、その質量を m とすれば、だいたい mc^2
その速さは、最大で c
その時間内に核子間(距離を d とする)を飛んだとすると、
c\Delta t\hspace{3}\sim\hspace{3}\frac{\hbar}{mc}\hspace{3}\sim\hspace{3}d
d がわかっているので、m が(だいたい)わかるのである。
このように予言された粒子が実際に確認され、(やや紆余曲折があったが)
\pi粒子とよばれている。

この議論からわかるように、 \frac{\hbar}{mc} は、その質量の粒子の存在の
広がりを表す量で、コンプトン波長とよばれている。
ちなみに、体重(70+ウン)kg の私のコンプトン波長
(計算が間違ってなければ(笑)) 4\hspace{3}\times\hspace{3}10^{-45} m ほどである。
つまり、私はいつもこのくらいの範囲で量子論的に揺れ動いているのである。
(もし、それより薄い壁があり、私も相当スリムなら、
 その壁をふらふらとすりぬけていることだろう。)
しかし、これは水素原子のだいたいの大きさ( 10^{-10} m )よりはるかに小さい。
つまり私は極めて古典的な対象なのである。



参考書:
量子力学 ランダウ・リフシッツ
演習量子力学 ハール
量子力学演習 大鹿譲・森田正人

*1:-i\hbar\frac{\partial }{\partial x})\hspace{3}x\hspace{3}-\hspace{3}x\hspace{3}(-i\hbar\frac{\partial }{\partial x}