物理学ミニマム(熱力学)

§2 熱力学

定義2.1 巨視的な系
非常に多くの粒子が集まり、個別の運動を把握できないような場合、
その物理系を巨視的な系(巨視的な物体)などとよぶ。

注2.2
巨視的な物体と言っても固体に限るわけではない。
以下では、巨視的な系を単に系とよぶ。

定義2.3 熱平衡状態、熱力学的量
一般に、孤立した系は十分長い時間をおくと、変化しない状態になる。
それを熱平衡状態という。
熱平衡状態の系は、熱力学的量とよばれるもので特徴づけられる。
熱力学的量には、温度、圧力、体積、エネルギー、エントロピーなどがある。

注2.4
温度、エントロピーについては後述。
エネルギーは力学的に定義されたものと本質的に同じである。
ただし、物体全体の運動エネルギーなどは考えない場合、内部エネルギーという。
ここでは、内部エネルギーしか考えない。

注2.5 記法
熱力学的量はたいてい独特の文字を使う。
温度 : T
圧力 : p
体積 : V
エネルギー : E  (内部エネルギーという文脈では Uとも)
エントロピー : S

例2.6
理想気体では pV\hspace{3}=\hspace{3}nRTR は定数)。
一般に熱力学的な量は相互に関係している。

定義2.7 示強的、示量的
熱力学的量には示強的なものと示量的なものがある。
示強的なものは全体の量にかかわらない量であり、
示量的なものは部分系のものの和になる量である。

注2.8 部分系
1つの系を部分系にわけて考えることがある。
逆に、いくつかの系を合わせて1つの系と考えることもある。
ただし、この「合わせて」は、一義的には、「接触させる」「混ぜ合わせる」などと
いったことではなく、「概念上1つのものと考える」という意味である。

例2.9
Tp は示強的であり、
VES は示量的である。

定義2.10
注目する系と外界の変化で、何らかの方法で元に戻せるものを可逆過程という。

定義2.11 カルノーサイクル
T_1 度と T_2 度の熱源から Q_1Q_2 の熱を取り、外部に W の仕事をする
可逆的な機関(サイクル)をカルノーサイクルという。
逆に稼働させれば、外部から W の仕事をされ、T_1 度と T_2 度の熱源に
Q_1Q_2 の熱を出すことになる。

原理2.12
Q_1Q_2W のどれか1つを指定したカルノーサイクルは常に存在する。
(原理的な意味であって、現実世界では誤差がある。)

原理2.13 熱力学第1法則
エネルギーは保存する。
特に、熱力学的な表現は
  dE\hspace{3}=\hspace{3}d'Q\hspace{3}-\hspace{3}d'W\hspace{3}
ただし、d'Q は外部から系に入ってきた熱量、d'W は系が外部にした仕事。
より一般的には粒子の出入りも考え、その項も右辺に入れるが、ここでは考えない。

注2.14
d'ダッシュは、単に「微小な変化量」という意味であり、数学的な全微分を意味しない。
d'WpdV と書ける。

注2.15
カルノーサイクルに熱力学第1法則を適用すると W\hspace{3}=\hspace{3}Q_2\hspace{3}+\hspace{3}Q_1 となる。

原理2.16 熱力学第2法則
・クラウジウスの原理
熱が低温の熱源から高温の熱源に移動し、それ以外に変化がないことは不可能。
・トムソンの原理
受け取った熱をすべて仕事に変え、それ以外に何の変化も残さないことは不可能。

注2.17
カルノーサイクルで熱源を2つ取ったが、1つということはトムソンの原理から
不可能なのだった。
また、カルノーサイクルでも Q_1Q_2 は異符号になる。
T_2\hspace{3}>\hspace{3}T_1 なら、 Q_2\hspace{3}>\hspace{3}0,\hspace{6}Q_1\hspace{3}<\hspace{3}0 となる。)


定理2.18
クラウジウスの原理とトムソンの原理は同値である。

(証明)
クラウジウス ⇒ トムソン
トムソンの原理が成り立たないとすると、受け取った熱をすべて仕事に変え、
それ以外に変化を残さないことができる。その仕事で動くカルノーサイクルを
まわせば、低温の熱源から高温の熱源に熱を移動し、他に何も残さないことになる。

トムソン ⇒ クラウジウス
クラウジウスの原理が成り立たないとすると、熱を低温の熱源から高温の熱源に
うつせる。その後、その熱と同じだけの熱を低温の熱源にうつすカルノーサイクルを
まわせば、高温の熱源から受け取った熱だけを仕事に変えたことになる。□

注2.19
熱力学第2法則は他にも言い換えがある。

補題2.20
T_1 度と T_2 度の熱源( T_2\hspace{3}>\hspace{3}T_1 とする)から
Q_1Q_2 の熱を取るサイクル(カルノーでも、そうでなくともよい)を考える。
同じ熱源で Q'_1Q_2 の熱を取るカルノーサイクルを考えると、
\frac{Q_2}{|Q_1|}\hspace{3}\leq\hspace{3}\frac{Q_2}{|Q'_1|}
等号は、両方がカルノーサイクルのとき成り立つ。

(証明)
もとのサイクルとカルノーサイクルの逆を同時に稼働させる。
すると、T_2 度の熱源との熱のやり取りはトータルでなくなり、
T_1 度の熱源から熱を Q_1\hspace{3}-\hspace{3}Q'_1 取ることになる。
これが正だとトムソンの原理に反する。
したがって、 Q_1\hspace{3}\leq\hspace{3}Q'_1 である。ただし、(ややこしいが)これらは負の量だった。
絶対値をとってくらべると、 |Q'_1|\hspace{3}\leq\hspace{3}|Q_1| となり、前半部が証明された。
両方カルノーとすると、不等号が両方の向きに成立するので、後半部が証明される。□

注2.21 カルノーの原理
補題2.20の設定で、 \eta\hspace{3}=\hspace{3}\frac{W}{Q_2}\hspace{3}=\hspace{3}1\hspace{3}-\hspace{3}\frac{|Q_1|}{Q_2} をそのサイクルの効率という。
(「外にした仕事/受け取った熱」であるので。)
補題2.20で言っていることは、カルノーサイクル(可逆サイクル)が一番効率がよい
ということである。

定理2.22 絶対温度の定義
温度を適当に定義すれば、カルノーサイクルにおいては以下が成り立つ。
\frac{Q_1}{T_1}\hspace{3}+\hspace{3}\frac{Q_2}{T_2}\hspace{3}=\hspace{3}0

(証明)
これまで温度を T と書いてきたが、ここでは、「素朴な温度」を t とする。
補題2.20より、カルノーサイクルでは、 |\frac{Q_2}{Q_1}| が温度のみに依存することがわかる。
|\frac{Q_2}{Q_1}|\hspace{3}=\hspace{3}f(t_1,\hspace{3}t_2) とおく。
基準となる t_0 度の熱源を考えると、 |\frac{Q_2}{Q_1}|\hspace{3}=\hspace{3}\frac{f(t_0,\hspace{3}t_2)}{f(t_0,\hspace{3}t_1)}
ここで、 f(t_0,\hspace{3}t_i)t_0 をとめて考えれば、t_i の関数である。
これは「温度により1意に決まる量」なので、これを改めて「温度」と考えることができる。
すなわち、T\hspace{3}=\hspace{3}f(t_0,\hspace{3}t) とする。
(物理的には、温度計のメモリを付け替えることに相当する。)
すると、 |\frac{Q_2}{Q_1}|\hspace{3}=\hspace{3}\frac{T_2}{T_1}
符号をつけて考え直すと定理が証明される。□

注2.23
定理2.22で定義された温度を絶対温度という。
人間は液体・気体の膨張に目を付けて素朴に「温度」を測った。
それを定数値ずらすだけで絶対温度(と言えるもの)にできたのは、
なかなか「目の付け所が良かった」のだろうと思う。

定理2.24 クラウジウスの不等式
系の状態を動かしていきもとに戻るまで(受け取る熱 Q に対して) Q/T を足し上げると、
0 以下になる。これは次のように書かれる。
\oint^{\hspace{15} }_{\hspace{6} }\frac{d'Q}{T}\hspace{3}\leq\hspace{3}0
特に不等号は可逆過程のときのみ成り立つ。

(証明)
「系の状態を動かす」とはなんらかの熱源と接触させて状態を変化させるということである。
今、n 個の熱源と接触して元に戻ったとする。
それらの熱源から受け取る熱を Q_i とする。
ここで別の T_0 度の熱源を用意し、そこから適当なカルノーサイクルで Q'_i の熱を汲み上げ、
他の熱源にきっちり Q_i ずつの熱を返していったとする。
すると、もともとあった熱源は結果的に熱の出し入れをしておらず、 T_0 度の熱源だけが
\sum\hspace{3}Q'_i の熱を奪われたことになる。
これはトムソンの原理から負でなければならない。
ところで、カルノーサイクルだから、 \frac{Q'_i}{T_0}\hspace{3}=\hspace{3}\frac{Q_i}{T_i}
よって、 \sum\hspace{3}Q'_i\hspace{3}=\hspace{3}T_0\hspace{3}\sum\hspace{3}\frac{Q_i}{T_i}\hspace{3}\leq\hspace{3}0 。□

定義2.25 エントロピー
系の状態が \alpha のときのエントロピーは次のように定義される。
系の状態が基準とする \alpha_0 から \alpha に可逆過程で Q/T を足し上げて
S(\alpha)\hspace{3}=\hspace{3}\int^{\hspace{15} \alpha}_{\hspace{6} \alpha_0}\hspace{3}\frac{d'Q}{T}
また、系が(平衡状態にある)部分系に分割できるとき、全体のエントロピー
部分系のエントロピーの和である。

注2.26
上のように定義できるのは、その積分値が積分路の選び方で変わらない場合のみである。
実際、定理2.24で、可逆過程に限れば、積分路の選び方に依らないことが示されている。

定理2.27
系の状態が \alpha から \beta に変わるとき
\int^{\hspace{15} \beta}_{\hspace{6} \alpha}\frac{d'Q}{T}\hspace{3}\leq\hspace{3}S(\beta)\hspace{3}-\hspace{3}S(\alpha)

(証明)
\beta から \alpha への可逆過程を考え、定理2.24を適用する。
\int^{\hspace{15} \beta}_{\hspace{6} \alpha}\frac{d'Q}{T}\hspace{3}+\hspace{3}\int^{\hspace{15} \alpha}_{\hspace{6} \beta}\frac{d'Q}{T}\hspace{3}\leq\hspace{3}0
しかるに、第2項は、 S(\alpha)\hspace{3}-\hspace{3}S(\beta) である。□

注2.28
定理2.27は熱力学第2法則の1つの表現と言える。
また、この微分形は

  d'Q\hspace{3}\leq\hspace{3}TdS (等号は可逆過程で成立)

である。

注2.29
可逆過程においては d'Q\hspace{3}=\hspace{3}TdS となる。
このとき、熱力学第1法則は次のように記される。
dE\hspace{3}=\hspace{3}TdS\hspace{3}-\hspace{3}pdV\hspace{3}

定理2.30
  T\hspace{3}=\hspace{3}(\frac{\partial E}{\partial S})_V

(証明)
注2.29より。□

定理2.31 エントロピー増大の法則
外界から孤立している系では、いかなる過程においても、エントロピーが増大する。

(証明)
定理2.27で、 d'Q\hspace{3}=\hspace{3}0 。□

注2.32
上の定理より、孤立系ではエントロピーが最大の状態が最も安定していると言える。

定理2.33
2つの系を接触させても熱の移動が起こらないのは、両者の温度が等しいときである。
ただし、その際、どちらも大きさを変えず、全体にエネルギーを与えないとする。

(証明)
接触させて変化が起こらないのは、2つの系が安定しているということ。
2つの系のエントロピーS_1S_2 とすると、 S\hspace{3}=\hspace{3}S_1\hspace{3}+\hspace{3}S_2
最大ということであり、注2.29より、次の式が成り立つ。
\delta S\hspace{3}=\hspace{3}\frac{1}{T_1}\delta E_1\hspace{3}+\hspace{3}\frac{1}{T_2}\delta E_2\hspace{3}+\hspace{3}\frac{p_1}{T_1}\delta V_1\hspace{3}+\hspace{3}\frac{p_2}{T_2}\delta V_2\hspace{3}=\hspace{3}0
ここで \delta E_1\hspace{3}+\hspace{3}\delta E_2\hspace{3}=\hspace{3}0,\hspace{12}\delta V_1\hspace{3}+\hspace{3}\delta V_2\hspace{3}=\hspace{3}0 だから、
\delta S\hspace{3}=\hspace{3}(\frac{1}{T_1}\hspace{3}-\hspace{3}\frac{1}{T_2})\delta E_1\hspace{3}+\hspace{3}(\frac{p_1}{T_1}\hspace{3}-\hspace{3}\frac{p_2}{T_2})\delta V_1\hspace{3}=\hspace{3}0
今考えているのは \delta V_1\hspace{3}=\hspace{3}0 であり、定理が証明される。□

定義2.34 熱力学関数
エンタルピー :  H\hspace{3}=\hspace{3}E\hspace{3}+\hspace{3}pV
ヘルムホルツの自由エネルギー :  F\hspace{3}=\hspace{3}E\hspace{3}-\hspace{3}TS
ギブスの自由エネルギー :  G\hspace{3}=\hspace{3}F\hspace{3}+\hspace{3}pV
(ギブスの自由エネルギーは熱力学ポテンシャルともよばれる。)

定理2.35
dE\hspace{3}=\hspace{3}TdS\hspace{3}-\hspace{3}pdV\hspace{3}
dH\hspace{3}=\hspace{3}TdS\hspace{3}+\hspace{3}Vdp\hspace{3}
dF\hspace{3}=\hspace{3}-SdT\hspace{3}-\hspace{3}pdV\hspace{3}
dG\hspace{3}=\hspace{3}-SdT\hspace{3}+\hspace{3}Vdp\hspace{3}

(証明)
注2.29とそのルジャンドル変換。

注2.36
粒子の出し入れまで考える場合、定理2.31の各式の右辺に +\hspace{3}\mu dN を足す。
ここで \mu は化学ポテンシャル、N は系内の粒子の数で、
あわせて「粒子の増加によるエネルギーの増加」を表す。

原理2.37 熱力学第3法則(ネルンスト・プランクの定理)
絶対温度の系のエントロピー0 に取れる。

注2.38
0 に取れる」とは、
「一定値に近づくから、(その分ずらして)0 にできる」ということである。
これは熱力学の範囲では「経験によって知られた原理」である。




参考:
久保亮五 熱学・統計力学
フェルミ 熱力学
ランダウ・リフシッツ 統計物理学
参考書が多いのは著者の博識、、、ではなく、自信の控えめさを示している。