物理学ミニマム(場の理論)3
定義10.39 S行列
始状態と終状態を結びつけるユニタリな演算子をS行列(S行列演算子)という。
注10:40 S行列要素
始状態が 個の粒子(運動量が )で
終状態が 個の粒子(運動量が )となる確率振幅は
と書ける。
これを (S行列の要素)と略記する。
S行列の要素はN点関数をフーリエ変換したものである。
注10.41 頂点関数
定理10.37を見ると、N点関数は
と書けることがわかる。
上の は、 からの寄与を含む項だが、後述のようにあまり重要ではない。
ここで、
である。
この を頂点関数などともよぶ。
定理10.42 S行列要素の公式
ただし、
(証明)
と書ける。
これを注10.41に代入し、フーリエ変換をする。
ただし、 の時間成分は 、 の時間成分は とする。
すると、
しかるに、 は の逆だから、
とも書ける。□
注10.43
相当ややこしいことになってきたように見えるが、これから結合定数を小さいとして、
S行列要素の摂動展開(結合定数による展開)をする。
すると、低次の項は(少なくとも見た目は)大変やさしい。
定理10.44 ウィックの定理
を などと書くと、
ウィック縮約が1つ
ウィック縮約が2つ
ウィック縮約とは、2つの を に変えたもの。
(証明)
例10.45を見よ。
例10.45
定義10.46 ファインマンダイアグラム
の中にN点関数に関する(したがって、確率振幅の)すべての情報が入っている。
今のところ「そのすべてを計算する」というより、「その中から必要なものを取り出す」と
いう方針が取られる。
その際、「取り出したい現象」をファイマンダイアグラムとよばれる図で表す(例10.46参照)。
とすると、
(一応言っておくと、 はスカラー場の演算子である。
一方、 はスカラー場の理論のN点関数・S行列の公式に出てくる関数である。
当然、非常に近いものだが、違うものである。)
右辺最初の項は
に寄与する。
今更だが、 であり、その寄与は
である。
これを図で示したのが、図の左上の図である。
これは、「運動量が と の2粒子が衝突し、
運動量が と の2粒子になる」という物理過程をうまく表している。
の項は同様に考えると に寄与することがわかる。
ここで
であるが、これは、運動量 の粒子が行き場なく時空の中をぐるぐる回っている感じで、
それを図示したのが右上の図である。
( は各成分が から の値を取り、その和を取っていると言える。)
しかし、この積分は発散してしまう。
ということは、 が小さいとして展開したのに、その係数が無限大になってしまう
ということであり、普通の感覚で言えば、この摂動論は破たんしている。
しかし、それを救う方法があり、「繰り込み理論」とよばれる。これについては後述する。
同様に左下の図は についての2次の項で に寄与する。
右下の図は に寄与する2次の項で、
やはりループがあり、発散し、繰り込みが必要となる。
ファインマンダイアグラムが何のためにあるかというと、S行列を計算する際に、
これを利用することで「見落としがなくなる」とも考えられるが、
実際には定理10.37の計算をルールに従って行うだけであり、プロの人が
見落とすというのも考えにくい。
「直観的に理解しやすい」ということで好まれるのではないだろうか。
逆に、「ファインマンダイアグラムを基本としよう」という流儀を聞いたこともある。
(トゥフーフト・ヴェルトマンとか?)
注10.48 繰り込み理論
もう少し詳しく後でやるつもりだが、簡単に言うと、次のよう。
ラグランジアンの中で質量の項は という形をしている。
一方、例10.46の右上の図に対応するものは である。
( は積分の発散。
また、 は場の演算子ではないが、場を表してはいる。)
つまり、この項は「量子効果で現れた新たな質量」ととれる。
これにより、「もともとあった質量が量子効果で無限になってしまう」と見えるが、
逆に、「もともとあった質量(裸の質量という)など見えはせず、それに無限の
量子効果が加わったものが現実に見えている有限の質量」と考えるのである。
これは「無限の裸の質量+無限の量子効果=現実の質量」ということであり、
実質、「無限大−無限大=有限の量」という、かなり危ういことをしていることになる。
しかし、この手順で計算した結果が、恐るべき精度で現実とあってしまうらしい。
(ちなみに、例10.46の右下の図は「 への量子補正」である。)
注10.49
S行列は「このような過程が実現する確率」を表す。
しかし、現実に実験を行う場合は、たとえば、
「粒子Aを一定の密度で置き、そこに粒子Bをこれまた一定の密度で入射させ、
その結果を見る」
「粒子Aと粒子Bをそれぞれ一定の密度で正面衝突させ、その結果を見る」
などということをする。
すると
単位面積に単位秒あたり 個の粒子を入射させたときに、
特定の現象が 回起こる確率
が重要になる。
これを散乱断面積(次元がちゃんと面積になる)という。
散乱断面積はS行列要素で表すことができるが、ここでは省略する。
注10.50 ディラック場、ベクトル場(電磁場)
ここまで、かなり長くスカラー場の話のみをしてきた。
ディラック場やベクトル場もほぼ同様にできる。
ディラック場の場合、ガンマ行列と自由場の解の公式等の導出・利用に労力がいるが、
(理論が完成している今の学習者には)労力だけの問題だと思う。
質量ゼロのベクトル場は、物理的には電磁場(とその仲間)である。
古典論で「横波しか存在しない」ということが示されたが、量子論でも当然そうなっていて、
その扱いがややこしい。
しかし、上記のスカラー理論程度までのことは、ほぼ同様に展開される。
その結果、要するに、ファインマンダイアグラムを計算することになる。
たとえば、電子と電磁波の散乱(コンプトン散乱)なら、次のようなダイアグラムを計算する。
(直線が電子(ディラック場)で波線が電磁波(光子、質量ゼロのベクトル場))
注10.51
注10.41で、 からの寄与を含む項はあまり重要でない、と書いた。
ファイマンダイアグラムを使いながら(使わなくてもよいが)考えると、「ここから出てくる項と
その後の項から出てくる項の積」が全体に含まれることがわかる。
しかし、「積」ということは、「独立した物理過程が並行して起こっている」ということである。
つまり、4粒子の反応のように見えて、非自明な反応は3粒子の反応のみで、あと1つの粒子は
素通りしている、などという場合である。
実際の実験ではこれらを考慮する必要がある(だろう)が、非自明な物理過程の研究としては、
からの寄与を含む項はあまり重要でない、となる。
定義10.52 連結ダイアグラム、連結N点関数
2つの積に分解できないダイアグラムを連結という。
また、それに対応するN点関数を連結N点関数という。
たとえば、
は、非連結なダイアグラムに対応する非連結N点関数である。
(注10.51で書いた「あまり重要でない項」の1つである。)
定理10.53
とすると、 は連結N点関数の生成汎関数である。
すなわち、連結N点関数を とおくと、
である。
(証明)
これまでのスカラー場の例では はあるが は出てこない。
しかし、一般論としていれておく。
(「ない」場合はあとで にすればよい。)
も同様である。
また、ここでは、たとえば は を表すとする。
のもとで
(注10.54を参照)
にこれを代入すると、結局、あらゆる組み合わせで和を取ることになり、
□
注10.54
を などと書く。
また、N点関数を表す添え字「N」は明らかなときは省略する。
すると、たとえば、
定理10.53の証明中のように、各変数について をかけて積分していると思えば、たとえば、
この のようなものをシステマティックに出せばよい。
それが
である。
ここまでくれば、理系なら自分のやり方でできるはずであり、かつ、
人の導出法なんか(よほどうまいのでなければ)聞きたくないものである。
定義10.55 1粒子既約なN点関数
対応するファイマンダイアグラムの中の1本を切っても非連結にならないN点関数を
1粒子既約という。
定義10.56 有効作用
で定義される を(量子的な)有効作用という。
注10.57
となる。
驚きのルジャンドル変換である。
定理10.58
は1粒子既約なN点関数の生成汎関数である。
(証明っぽい何か)
真のN点関数は、ファイマンダイアグラムに対応するN点関数(摂動展開したもの)を
無限に足し合わせるとできる。
特に、連結な真の2点関数を白丸、1粒子既約な成分のみを取り出したものを灰色丸で表すと、
次のような関係になる。
連結した真の2点関数をシンボリックに と書き( は座標や運動量など
適当なものを表すとする)、1粒子既約な2点関数を と書くと、
ダイアグラムは
を表している。
つまり、 は の逆ということになる。
3点関数も同様に、
これを式で書くと、
である。
4点関数以上になると、1つのダイアグラムで表せなくなるが、同様に連結N点関数と
1粒子既約成分の関係を考えることができる。
さて、注10.57の上の式を 倍して で微分する。
ここで、
とおくと、
となる。よって、先のダイアグラムの議論から
が言える。
( は自由にできるとして、そのとき かという問題がある。
実際、そうでない場合が重要になることもあるが、「普通の場合」はそうおけると思う。
また、 にならない場合(注10.59)も、その分ずらせば同様の議論ができる。)
を に置く前の式をもう一度 で微分すると連結な2点関数、3点関数と
に関する式になる。
それはダイアグラムで考えたものと一致し、
が言える。
さらに4点関数も同様に言える。
物理学者は例が3つもあれば証明されたと思うらしい。□
注10.59 有効作用のループ展開
一般に、量子論は、「古典論+量子補正」と考えることが多い。
量子補正は、 を小さいと考えた時の による展開で計算される。
これが場の理論の場合「ループの数による展開」と一致する。
これまで としたが、この注と次の注のみ復活させると、
は作用の次元をキャンセルするように のように入る。
よって、ラグランジアンの の逆に相当するプロパゲーターは に、
ラグランジアンの相互作用項に相当する頂点関数は に比例する。
したがって、 の次数は、「プロパゲーターの数 - 頂点の数」になる。
外線の数を固定して計算する場合は、これを「内線の数 - 頂点の数」で考えてよい。
ところで、
ループの数 = 内線の数 - 頂点の数 + 1
という関係が成り立つ。
したがって、「内線の数 - 頂点の数 = ループの数 - 1」となる。
注10.60 理論
ループ展開で考える場合、もっとも次数が低いのはループがない場合である。
これをツリー(と発音する人はおじいちゃんおばあちゃん?)という。
そこで、ツリーを考える。
は の逆であり、ループを考えなければ、これは の逆、
すなわち 。
だが、この項は結局
また、 からくる外線が4つの項は となる。
したがって、有効作用は
となる。
以上の議論は、一般の場合にも成り立つ。
すなわち、有効作用をループ展開した場合、最低次は「もともとの作用」と一致する。
有効作用は、「もともとの作用」の量子補正と考えることができるのである。
注10.61 自発的対称性の破れ
は量子効果を取り込んだ作用と考えることができるのだった。
作用はラグランジアンを積分したものだが、ラグランジアンから「場の微分の項」を
取り除いた部分は、一般に、ポテンシャルエネルギーとよばれる。
したがって、 から「場の値 に対する、量子的に補正された
ポテンシャルエネルギー」が得られるわけである。
注10.57より、「物理的状態」は 、すなわち
のときに実現されていると考えられる。
特に微分項を除いた場合、すなわち、静的な場合を考えると、これは、
「ポテンシャルエネルギーが最小(極値)であるものが実現される」
(水は低い方に流れ、そこにとどまろうとする)
という、古き良き物理学の直観によくあうことになる。
「通常の理論」では、場の値が のところでポテンシャルが最小になるように
作られているから、
が
な解を持つと、「何もしないのに場が値を持った」
(「 でないところが底になった」)ということになる。
(このような図は各点 で考えられるが、ここでは、ある点を決めて見ている。)
これを「(量子論的な)自発的対称性の破れ」などという。
(もちろん、自発的対称性の破れは、必ず起こるのではない。)
参考書:
現代的な視点からの場の量子論 ナイア
Field Theory, the Renormalization Group, and Critical Phenomena D.J. Amit
(学生時代、誰かが「Amitってアミンみたいだよね」と言った。
全然似てないと思うのだが、今でもAmitを見ると「私待ぁ〜つ〜わ」と歌ってしまう。)
Quantum Field Theory C. Itzykson J. Zuber